【6】日本に於いて,ガーダシル(4価)ではなく,シルガード9(9価)が必要な理由

¶ 9価のヒトパピローマウイルス・ワクチン「シルガード9」の添付文書を読むと,ヒトパピローマウイルスの中で,Low oncogenic risk(悪性の癌を誘導する可能性は低い)の Type6, 11に加えて,High oncogenic risk(悪性の癌を誘導する可能性が高い)の Type 16、18、31、33、45、52及び58型の感染に起因する疾患に対して予防があると記載されています。

¶ type 6、type 11、は,low oncogenic risk(悪性の癌を誘導する可能性は低い)ですが,尖圭コンジローマを生じます。女性の外陰部や,男性の生殖器に,極めて多数のコンジローマが多発し,これ自体,命には関わらないのですが,大変困った事態に発展することがあります。すなわち,治療が難航することもあります。そして,極希ながら悪性転化することもあるとされています。

また,咽頭,気管,気管支に,尖圭コンジローマに類似した,良性の乳頭状の腫瘍が,多発性に生じることがあります。病理診断学的には良性,すなわち,気管,気管支や肺には浸潤しないし,遠隔転移も生じないのですが,それらが多発し,気管,気管支内部を充満してしまうことがあります。そして,ウイルス疾患ですから,近傍の気道粘膜にウイルスが広がり,同様なイボ状の病変が密在し,気道を閉塞させることになります。患者は窒息死。言い換えると,病理学的には良性であっても,臨床的には悪性ということになります。また,type 11で生じたこれらの腫瘍が,悪性転化を生じ,癌として振る舞う場合もあると報告されています。

小児期に発症することが多く,考えて見れば容易く分かるように,じわじわと,患者を窒息状態に陥れ,死に至らしめます。大変悲惨な事態であることは,お分かりでしょう。

¶ このように,一般に良性病変の原因ウイルスとされるtype 11、type 16に対する抗原が「シルガード9」の中に含まれている理由は容易に理解できます。

¶ それでは,high oncogenic risk(悪性の癌を誘導する可能性が高い)のHPVウイルスのtype 16、18、31、33、45、52,58はどの様にして選ばれたのでしょうか??

これはMDS社の企業秘密ですので,その理由を明確に知ることはできません。

しかしながら,おそらく下記の論文に従っていいるのではなかろうかと類推しています。何しろ,対象としている患者は膨大ですから,信頼できるデーターであることは事実の様です。

Human papillomavirus genotype attribution in invasive cervical cancer: a retrospective cross-sectional worldwide study

上記の論文でのウイルスの発現頻度をExcelを用いて棒グラフを下記に示します。

シルガード9に含まれている,Type 16、18、31、33、45,52,58は上グラフの下から7番目までに対応しています。

従って,シルガード9の製造元である,MSD社(=Merck社)は,おそらく,上記の論文(勿論その他の論文も考慮したいるはずです)に立脚して,ワクチンに含まれる抗体の種類を決定したのではなかろうかと類推します???。

¶ 上記の論文は,アジア人も含んでいると一部に記載していますが,おそらく,その数は少なく,大多数は欧米人主体と思われます。すなわち,欧米人を主体としたデーターと思われます。

¶ それでは,人種別のHPV感染について調べた論文を探すと,数は少ないのですが,存在します。

Worldwide distribution of human papillomavirus types in cytologically normal women in the International Agency for Research on Cancer HPV prevalence surveys: a pooled analysis

この論文では,様々な人種でのHPVの種類について言及しています。これをアジア人とヨーロッパ人とのデーターを,Excelに入力し,同様な棒グラフを作成してみることにします。

確かに,HPV type16, type 18が高頻度に見つかることは同様ですが,地域により,それらの割合は異なっています。

MSD社の女性のMRが,2~3回ほどシルガード9の説明に来ましたが,特に強調したのは

「日本(アジア)では,4価のガーダシルでは不十分で,9価のシルガード9が望ましい」

すなわち,日本人を含むアジア人のに,第2番目に頻度の高い,悪性腫瘍を生じやすい,type 33の抗原が,ガーダシルには含まれておらず,シルガード9には含まれています。すなわち,日本を含むアジア人には,ガーダシル(4価)ではなく,シルガード9(9価)が必要であると言うことを強調していました。

なるほど,上の棒グラフのアジア人の女性669人のデーターを見ると,発癌ウイルスの第1位がHPV16であることは,世界共通な様ですが,アジアではHPV33が第2位であり,一般的に第2位とされている,HPV18を上回っています。HPV33に対する抗体は,4価のガーダシルには含まれていませんが,9価のシルガード9には含まれています。またアジア人に高頻度で検出されるtype 52,58に対する効果もあります。

HPVはHuman Papilloma Virus(人乳頭腫ウイルス)の略ですが,Papilloma Virus(乳頭腫ウイルス)は人間に限った感染症ではありません。

むしろ,動物から,人間に感染し,それが人間の間で広まったと考えられています。

シンガポール国立大学の,HPV18に関する研究によると,200万年前,アフリカで,サルの乳頭腫を起こすウイルスに人間が感染したのが起源とされています。そして,人に感染したウイルスは,Human Papilloma Virus(人乳頭腫ウイルス)となり,人類の間で感染を起こすようになったと推察されます。そして,人類発祥の地のアフリカから,様々な方向への人類の移動に伴い,世界中に広がっていったと考えられています。

アマゾンの先住民を対象とした研究では,彼らのHPV18の遺伝子配列は,日本人や中国人に極めて近く,両者は約1万2,000年前に分岐したと考えられています。これは,人類学による人類移動の歴史とも一致しています。シベリアからベーリング地峡(現在は海峡)を渡って北米に移動したグループと,渡らずして南下し,中国や日本に移動したグループの分岐年代に,ほぼ一致していることからも,裏付けられているそうです。

このようにして,世界各地でHPVのtypeの差が生じたと言われています。

わかりやすくするため,上記の如く,HPVウイルスの抗原として説明してきましたが,正確には,ウイルス様粒子 (ウイルス様粒子、Virus-like particles, VLP) が正しい用語となります。

多数の,HPVウイルスのDNAを入れる鎧(Capsid)構造タンパクを,別個に人工的に合成することで生産され、それらが,集簇し,ウイルスに似た粒子(ウイルスの外側の鎧)を形成します。

しかし,内部は空洞で,感染の基となるHPVのDNAは含まれていません。

遺伝物質を含まず感染性を持たない分子ですが,抗原性はHPVと概ね同様です。

それが,接種されると,人体の免疫反応で,HPVの鎧(Capsid)の様々な部位に対する免疫機構が構築されます。

VLP (Virus Like Particle)に関する説明のサイト

ワクチンの専門書を見ると,ウイルス様粒子【Virus-like particle】からなる不活性ワクチンという記載となっています。

今後,HPVのみでなく,様々な感染症にウイルス様粒子【Virus-like particle】が利用されるようになると思われます。

注釈)ウイルスはカプシド(Capsid)とエンベロープ(Envelope)という2重の膜で囲まれ,鎧を形成しています。その鎧の内部に,ウイルスの感を引き起こす本体であるDNAやRNAが充填されています。HPVにはエンベロープ(Envelope)は欠如し,カプシド(Capsid)のみで鎧を形成しています。