【5】 子宮頸癌ワクチンの安全性

子宮頸癌ワクチンは,日本に於いても,2013年に認可され,その直後からワクチン接種が開始されました。しかし,しばらくして,「疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状」が生ずるという趣旨の報道が広く行われる様になりました。その結果,厚生労働省から,2013年に「接種勧奨差し控え」が出されました。接種開始から,わずか2ヶ月あまりで,接種を受ける権利は,そのまま保持されていましたが,実際に,接種を受ける若い女性の数は激減しました。

接種を受けた女性は,約338万人おりましたが,その中で186人(0.005%)という極めて希な発現頻度ながら,様々な種類,様々な程度の,接種後有害事象として,マスコミや「HPV ワクチン 薬害訴訟原告団」が社会に訴え,「接種勧奨差し控え」が出される結果となりました。

その後,子宮頸癌ワクチンの安全性を保証する研究成果(主として,下記の2つの論文)が報告され,自治体から接種対象の女性へ予診票などを送る「積極的勧奨」が、2022年4月から約9年ぶりに再開されました。医師として,大変喜ばしい出来事と考えています。

ところで,接種希望が激減した原因は何なのでしょうか?

何故,9~15歳の年代の若い女性が,子宮頸癌ワクチンに恐怖心を覚えるのでしょう?おそらく,「車椅子に乗り,痛みを訴えている女性」の映像,そして,様々な主張を主体とした,マスコミなどが大々的に社会に訴えたことが原因と考えても差し支えない様に思います。このようなその様な報道が,そのワクチン接種該当者の心の中に,甚大な恐怖心起こす原因となったと考えても,差し支えない様に思います。

今でも、その様な報道が,繰り返されており、9~15歳の年代の若い女性の心の中に,恐怖心をあおっていると思われます。

もちろん、マスコミや,「HPV ワクチン 薬害訴訟原告団」による,社会に訴えかける行為は,民主主義社会の日本ですから,正当な行為であり、医療職にある我々も、その訴えに真摯に耳を傾けなくてはなりません。

ところで,マスコミや,「HPV ワクチン 薬害訴訟原告団」による訴えは,真に科学的根拠に立脚しているのでしょうか?私は,医師また医学者として申し上げますが,マスコミや,「HPV ワクチン 薬害訴訟原告団」による訴えに科学的根拠はないと考えています。

国が,2022年4月に,「積極的勧奨」に踏み切ったのは,国が主導した「祖父江班調査」の結果が整い,それを記載した論文が世に出ることになったからだと思われます。

論文そのものも,以下に紹介いたしますが,論文自体の内容は難解であるため,その論文内容を,祖父江班の方々が,分かりやすく要約し,その文章を,日本医師会雑誌2023年3号の2088ページに投稿しています。それをまず紹介いたしましょう。

全国疫学調査(祖父江班調査)福島若葉,原めぐみ,祖父江友孝

2022年4月1日からHPVワクチンの積極的な接種勧奨(個別勧奨)が再開されたが,ワクチンが原因でなくても,接種後に偶発多様な症状を発症する可能性がゼロになることはない。

祖父江班調査の主要結果は,「多様な症状はHPVワクチンを接種をしなくとも起こる」といった,調査にかけた労力に見合わないごくシンプルな物であったかもしれないが,

パブリック・コミニュケーションの観点からは極めて重要なメッセージを発することができた。今後の診療現場で活用いただける結果と考える。

日本医師会雑誌2023年3号の2088ページ

注釈(神谷):上記の「多様症状」とは,文章全体の流れの中で,「疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状」を指しています。

ところで,いくら簡明化された文章と言っても,上記の文章を呼んで,「なるほど,分かった!」と言われる方は,一般の方の中では希かと思われます。

日本における研究から,子宮頸癌ワクチンの安全性を示す,論文は,主として,下記の(1)と(2)の,2つの論文です。

(1)名古屋市主導による名古屋スタディ 2018年

¶ 名古屋市主導の調査結果を基盤とした論文のタイトル:

No association between HPV vaccine and reported post-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoya study

¶ 上記の論文のタイトルの日本語訳:

日本の若い女性に接種した子宮頸癌ワクチンと,子宮頸癌ワクチン接種後に生じたと報告されている症状の間には,因果関係はありません。(名古屋スタディの結果) {訳者による意訳が入っています}

(2)国主導による祖父江班の調査結果 2022年

¶ 国主導の調査結果を基盤とした論文のタイトル:A Nationwide Epidemiological Survey of Adolescent Patients With Diverse Symptoms Similar to Those Following Human Papillomavirus Vaccination: Background Prevalence and Incidence for Considering Vaccine Safety in Japan

¶ 上記の論文のタイトルの日本語訳 {訳者による意訳が入っています}:

子宮頸癌ワクチン接種後に生じた様々な症状と,(子宮頸癌ワクチンの接種を受けていない)一般の日本の若い女性(患者)に生ずる様々な症状に生ずる様々な症状を比較した,日本全国レベルでの疫学的調査の結果。

日本における子宮頸癌ワクチンの安全性を考慮する上で必要となる,【日本の若い女性(患者)における】様々な症状の分布状況,および発症頻度の背景について。

(1)(2)の論文共に,調査対象が異なりますが,結果は,上記の「全国疫学調査(祖父江班調査)」に関連した方々が記載された,上記のまとめ,すなわち,「多様な症状はHPVワクチンを接種をしなくとも起こる」といった,調査にかけた労力に見合わないごくシンプルな物」であることに,全く相違はありません。

(1)の論文は,名古屋市主導であり,名古屋市立大学大学院医学研究科・公衆衛生学教授のの「鈴木貞夫」教授が,名古屋市から依頼を受け,調査・研究を行っています。後になり,「名古屋スタディ」と呼ばれる調査・研究です。

(2)の論文は,国主導であり,大阪大学 医学系研究科 祖父江友孝 教授を中心とした,祖父江班により行われています。

ところで,医学論文には,Disccution(日本語では「考案」として記載される)という,研究内容に関して,研究者自身が理論を展開し,研究結果から導きだされる事実を述べる部分があります。上記の「祖父江班の論文」のDisccution(考案)の内部には,「線維性筋痛症(fibromyalgia)」との関連を論じた1節(paragraph:段落)が見られます。

祖父江班の論文では、この「線維性筋痛症(fibromyalgia)」こそが、接種後に生じた「車椅子に乗り,痛みを訴えている女性」の映像,また「疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状(祖父江班が後に述べている文章:後述)」に大きく関与していると考えている様です。

(2)の祖父江班の論文も、接種後に生じた「疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状(祖父江班が後に述べている文章:後述)」と「線維性筋痛症(fibromyalgia)」の関連性を訴えています。

それでは、「fibromyalgia(線維性筋痛症)」とは、いったい、どのような病態なのでしょうか。この様な病名は、わたくしの医学生のころには、医学の教科書に記載されていませんでした。しかし、現在の医師国家試験では、「線維性筋痛症(fibromyalgia)」に関する問題が頻繁に出題されています。すなわち,医師国家試験の「山」となっています。

線維筋痛症は自己免疫疾患などの意見がありますが,実際の原因は明確に特定できません。

一部の人は,それでは,厚生労働省の難病に指定すれば良いのではと考える人もいるかもしれません。しかし,それは不可能です。何故ならば,患者数が多いからです。厚生労働省の難病に指定されるためには,患者数が人口の0.1%未満でなけれなりません。線維筋痛症の患者は現時点で200万人と推定されています。日本の人口を1億2500万人とすると、線維筋痛症の患者は日本の人口の1.6%にも上ります。従って「難病」と見なすことはできません。

このような発生頻度ですから,接種を受けた約338万人の女性の中に,線維性筋痛症(fibromyalgia)の患者が混在していても,何ら不思議はないのです。

子宮頸がん予防についての正しい理解のために(日本産婦人科学会)